本日は、平成15年度広島カイロプラクティック学院四月生の始業式を迎える事が出来ました。 新しい気持ちで入学された新入生の皆さん、おめでとうございます。 私は、西区井口で『カイロプラクティック院広島』と言うカイロ施療院を開業して25 年程になりますが、来院いただいているお客さんより学ばせていただく事がたくさんあります。今日は、私の所に通ってくる92才の女性の方に教わった事を1,2お話して本日の入学式のご挨拶にさせていただきたいと思います。ここに持っておりますのは、カイロ院の回数券としてお渡ししている物なのですが、92才になるその方は、何回来院したのかが判るように、と回数を裏面に数字記入して私に渡してくれます。これにには638回と書いてあります。週に1,2回を10年足らずの間ずーと通われています。この方からいろんな事を学びました。今日は、その方から学させていただいた、『健康とは』、『若いとは』についてお話いたします。 彼女は、昭和20年8月6日のあの日に縮景園の近くで原爆を受けたと言います。 縮景園と言えばまさに爆心に近い所です。ピカッとなったその瞬間に無意識に手を顔にかざして眼を守ったと言います。そして、ガラスがぱっと弾けて来て全身に入ったそうです。今でも手と足の2個所にはまだ、ガラスが入っておるよと教えてくれました。それでも不思議と生きていますと言います。顔以外は体中ケロイドがいっぱいです。彼女はその当時学校の先生でした。中島小学校と言いますからすぐ、そこの小学校です。戦後、強い意志を持って看護の勉強を始めて加害者であったアメリカが設けたABCC(原爆傷害調査委員会)の最初のメディカルケースワーカーになりました。 困った事の相談を受けてあげる方です。その方がABCCに関わっていた時に現在、聖路加病院理事長の日野原重明先生と一緒に広島で働いたという事でした。彼女自身は、92才の現在も現役のカウンセラーです。この日野原先生のお話の中の『健康という事』について彼女から聞いたことがあります。健という字は、人偏に建てるという字です。康は、家康の康ですね。 健康と言うのは、人が他人の手を取らずに自立して生きている事、康は、心安らかで落ち着いている事、すなわち人に頼らず自立して落ち着いている事と、日野原先生が申しておるそうです。彼女は私にいつも心が半分、身体が半分と教えてくれます。どんなに肉体的に見て元気そうな方でも心が病んでいては半病人ですし、身体が多少あるいはたいへん病んでいても、心が健康ならば大丈夫といいます。私もたくさんの人に会い、手当てをしてあげますが、人の健康は、心と身体の半分半分だと言い聞かせて仕事をしております。その当の彼女は、たいへんな糖尿病ですが食事のコントロールと運動と私の手当てですこぶる元気です。身体は糖尿病を病んでいて2時間しか持たないといいますからいつも2時間を一つの単位として行動していらっしゃいます。それほどひどい糖尿病ですがそれでも平気な顔をしています。まさに心が健全と言う事で私は彼女は健康であると理解しています。その彼女からもう一つ新しい良い話を聞きました。『若い』ということを皆さんはどのように思われますか?歳が若い事を若いと言うのがごく当たり前の事でしょうが、彼女がいうには、『自分にとって新しい事を学び続けている方が若い』のだ申します。そうすると私も一つほど自慢できる事があります。私も新しい事に挑戦してます。恥ずかしながら、私は声楽の勉強をしております。こうなったいきさつを少しお話しますと、私は小学校の頃に4人兄弟で育ち、音楽の試験があったときの問題に『これは何調ですか?』とありト調もへ調も判らず、『らちょう』と書きました。らちょうとは、方言で音痴と言う意味で、それをまじめに答案用紙に書いた私を姉達が、何とおかしな事を答案用紙に書く弟だと、『このボケがと』幼い私は、大変に傷つきました。このことがあって私は、音楽の勉強はすまい、歌うまいと心に決めて大きくなりました。中学高校と音楽は、習ったのですが楽譜は一つも読めませんでした。そんな苦い思い出を持っておりました。大人になった時、いろいろな立場で歌わなければならなくなった時も一つの歌も歌えず宴会の席でも隅の方で小さくなっている自分に劣等感を感じていました。我が家の他の家族は、ブラスバンドが大好きで妻はコーラスづけ、家の中で子供たちは毎日ピアノを習っていました。そんな中でも私は、音楽が判らず歌えず、寂しい思いをしていました。子供たちが習っていたピアノの先生に『自分は音符が読めないんです、歌えないんです』と申しますと先生は、『知っている音楽を音階で歌ってみなさい』言われましたが、そう言われても知っている音楽が一つも無い自分を発見しました。そこで先生が『ピアノをやってみる?』と言うものですから、40過ぎてピアノに挑戦しました。 カイロベットを持参して私が音楽の先生を手当てして、その後先生にピアノを教えていただく、技術の交換会をズーと続けました。10年程続けてバイエル106番まで来ました。そのころに今弾いている事に集中すると、前の事をみな忘れてしまう、進歩が見えないようになってきたので、先生に相談したところ先生は、『歌ってみるか?』とおっしゃって、先生のお弟子さんの声楽の先生を紹介して下さいました。そして、今まさにその声楽に挑戦中な訳です。この声楽も素地がないうえで勉強してますので先生の前で歌う時には歌えるんですが、時間を変えて歌いますとリズムと音程がすぐに狂ってしまいます。ですが、挑戦中です。週1回、毎週行く訳ですが、たくさんの事を教わりました。第1番目に、どんなに遅く始めてもやり続ければ進歩する、と言う事。他人から見ればなんで15年もやり続けるのか?とおもえるでしょうが、子供ならばほんの数年でやってしまう事を15年もかかりましたが、まず、予習、練習、復習をやります。これを繰り返すと多少の進歩があります。先生と私とのつながり、先生が判らない私にどのように理解させようかと努力なさる事に感動します。苦心惨澹します。自分のねばり、先生の熱心さに感動します。そして、勉強とは間をおく反復という事に気が付きました。また、身体で解決しました。新しい事、今まで自分の出来なかった事に挑戦する人は、年齢が仮に50才・60才・70才あるいは80才だろうと挑戦し続ける人は若い人で青年です。何にも新しい事に挑戦しない人は、歳にかかわらず年寄りです。 今日、入学された皆さんは新しいカイロプラクティックに挑戦なさるために入学されました。年齢に差はありますが、皆さんは全員若いのです。進歩の個人差、理解の個人差は当然あります。でも、挑戦し続けると必ず自分が定めた目標に到達します。私のような亀のような者は25年かかってやっとで、最近自分が目標にしていた段階に来つつあるかなーと思ってます。ずいぶんと長い時間がかかりました。でも、まだまだ若い心で、カイロプラクティックにも挑戦し続けております。技術の習得、学習は、間をおいて反復して勉強する事です。同じ話でも自分のレベルによって違った内容として再理解できます。時には、眼から鱗が落ちるように判る事があります。1度目では気づかなかった事も2度3度と勉強する事で見えない事が見えてくる物です。いづれねばりが、勝利をもたらします。今日は私の恥をさらしながら92 才の彼女から聞いた、健康、若さと言うテーマで話させていただきました。 ありがとうございました。 学院長 伊藤肇
【2005/01/16 00:28】
入学式 ご挨拶 |
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